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日常は、無意識な習慣の束である。

そう考えています。

 

食べる、着る、寝る。

ある言語を話す、この道を歩く、お金を払う…。

どれも普段何気なく繰り返している私の習慣です。

よくよく考えてみれば、

食べ方や着方、寝方には幾千通りの方法があるはずで、

さらに、この言語を使っていること、その道の成り立ち、お金の物質性…?

というように、無意識な習慣について意識しはじめると、キリがありません。

謎だらけで立ち止まりたくなるほどに。

それでも止まることなく歩み続けるのは、

「日常にする」ことに長けているからでしょう。

私だけじゃないはずです。

 

そんな順応性に対して、シンプルに人間ってすごいと思うのと同時に、

ただ「わかったふり」をしていたことに気づくと、

何だか腹立たしい気持ちになります。

日常というやつに対して、

「尊敬と苛立ち」の相反する感情が、確かにある。

そして、この感情こそが自分の表現活動の源になっていると思うのです。

 

「DAILY LIFE」 というのは、2014年から始めた私のライフワークのことです。

何気ないことや気づきを書き留めた日記、移動したときのチケットやレシート、

アイデアのメモ、気になって撮った写真、拾ったもの。

これらを「1日」という単位で分類し、

その日の断片を素材にした1枚のコラージュを制作しています。

常日頃つくるものなので、コピー機と普通紙を用いて気張らずに。

1日は1枚となり、1年が365枚になります。

 

これは、無意識の行いを再び意識化するための作法であり、

「慣れよう」とする私の身体のはたらきに対して

「慣れない」ようにするささやかな抵抗の積み重ねです。

言い換えれば、「習慣に抗うための習慣」。

矛盾を含みますが、

ほど良いバランス感覚で生きていくための私なりの術なのです。

 

この「DAILY LIFE」を、

定期的にまとめて私以外の誰かに届けることにしています。

見えやすい活動の手前にある見えづらい「基本姿勢」を伝えようとするのは、

どんな活動を生み出すかということと同等に、

その表現がどこから来たのかという構造に関心があるからに他なりません。

 

届いた「DAILY LIFE」を気ままにひらきながら、

「日常の複数性」を楽しんでもらえればと思います。

あなたも私と同じ場所に行ったことがあるかもしれないし、

同じようなことを考えたことがあるかもしれない、むしろ反対かもしれない。

すごく似た1日だったかもしれないし、かけ離れた1日かもしれない。

私たち以外の誰か、その一人ひとりがそれぞれの1日を過ごしている。

当然の事実に改めて驚きます。

異なるからこそ、わたしはあなたかもしれない、

と他者の日常へ想像をはたらかせていきたいものです。

 

北澤 潤

 

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日常は、無意識な習慣の束である。

そう考えています。

 

食べる、着る、寝る。

ある言語を話す、この道を歩く、お金を払う…。

どれも普段何気なく繰り返している私の習慣です。

よくよく考えてみれば、

食べ方や着方、寝方には幾千通りの方法があるはずで、

さらに、この言語を使っていること、その道の成り立ち、お金の物質性…?

というように、無意識な習慣について意識しはじめると、キリがありません。

謎だらけで立ち止まりたくなるほどに。

それでも止まることなく歩み続けるのは、

「日常にする」ことに長けているからでしょう。

私だけじゃないはずです。

 

そんな順応性に対して、シンプルに人間ってすごいと思うのと同時に、

ただ「わかったふり」をしていたことに気づくと、

何だか腹立たしい気持ちになります。

日常というやつに対して、

「尊敬と苛立ち」の相反する感情が、確かにある。

そして、この感情こそが自分の表現活動の源になっていると思うのです。

 

「DAILY LIFE」 というのは、2014年から始めた私のライフワークのことです。

何気ないことや気づきを書き留めた日記、移動したときのチケットやレシート、

アイデアのメモ、気になって撮った写真、拾ったもの。

これらを「1日」という単位で分類し、

その日の断片を素材にした1枚のコラージュを制作しています。

常日頃つくるものなので、コピー機と普通紙を用いて気張らずに。

1日は1枚となり、1年が365枚になります。

 

これは、無意識の行いを再び意識化するための作法であり、

「慣れよう」とする私の身体のはたらきに対して

「慣れない」ようにするささやかな抵抗の積み重ねです。

言い換えれば、「習慣に抗うための習慣」。

矛盾を含みますが、

ほど良いバランス感覚で生きていくための私なりの術なのです。

 

この「DAILY LIFE」を、

定期的にまとめて私以外の誰かに届けることにしています。

見えやすい活動の手前にある見えづらい「基本姿勢」を伝えようとするのは、

どんな活動を生み出すかということと同等に、

その表現がどこから来たのかという構造に関心があるからに他なりません。

 

届いた「DAILY LIFE」を気ままにひらきながら、

「日常の複数性」を楽しんでもらえればと思います。

あなたも私と同じ場所に行ったことがあるかもしれないし、

同じようなことを考えたことがあるかもしれない、むしろ反対かもしれない。

すごく似た1日だったかもしれないし、かけ離れた1日かもしれない。

私たち以外の誰か、その一人ひとりがそれぞれの1日を過ごしている。

当然の事実に改めて驚きます。

異なるからこそ、わたしはあなたかもしれない、

と他者の日常へ想像をはたらかせていきたいものです。

 

北澤 潤

 

日常は、無意識な習慣の束である。

そう考えています。

 

食べる、着る、寝る。

ある言語を話す、この道を歩く、お金を払う…。

どれも普段何気なく繰り返している私の習慣です。

よくよく考えてみれば、食べ方や着方、

寝方には幾千通りの方法があるはずで、

さらに、この言語を使っていること、

その道の成り立ち、

お金の物質性…?というように、

無意識な習慣について意識しはじめると、

キリがありません。

謎だらけで立ち止まりたくなるほどに。

それでも止まることなく歩み続けるのは、

「日常にする」ことに長けているからでしょう。

私だけじゃないはずです。

 

 

 

そんな順応性に対して、

シンプルに人間ってすごいと思うのと同時に、

ただ「わかったふり」をしていたことに気づくと、

何だか腹立たしい気持ちになります。

日常というやつに対して、

「尊敬と苛立ち」の相反する感情が、確かにある。

そして、この感情こそが

自分の表現活動の源になっていると思うのです。

 

 

 

「DAILY LIFE」 というのは、

2014年から始めた私のライフワークのことです。

何気ないことや気づきを書き留めた日記、

移動したときのチケットやレシート、

アイデアのメモ、気になって撮った写真、

拾ったもの。

これらを「1日」という単位で分類し、

その日の断片を素材にした

1枚のコラージュを制作しています。

常日頃つくるものなので、

コピー機と普通紙を用いて気張らずに。

1日は1枚となり、1年が365枚になります。

 

 

 

これは、無意識の行いを

再び意識化するための作法であり、

「慣れよう」とする私の身体のはたらきに対して

「慣れない」ようにするささやかな抵抗の積み重ねです。

言い換えれば、「習慣に抗うための習慣」。

矛盾を含みますが、

ほど良いバランス感覚で生きていくための

私なりの術なのです。

 

この「DAILY LIFE」を、定期的にまとめて

私以外の誰かに届けることにしています。

見えやすい活動の手前にある見えづらい

「基本姿勢」を伝えようとするのは、

どんな活動を生み出すかということと同等に、

その表現がどこから来たのかという

構造に関心があるからに他なりません。

 

 

届いた「DAILY LIFE」を気ままにひらきながら、

「日常の複数性」を楽しんでもらえればと思います。

あなたも私と同じ場所に行ったことが

あるかもしれないし、

同じようなことを考えたことがあるかもしれない、

むしろ反対かもしれない。

すごく似た1日だったかもしれないし、

かけ離れた1日かもしれない。

私たち以外の誰か、

その一人ひとりがそれぞれの1日を過ごしている。

当然の事実に改めて驚きます。

異なるからこそ、

わたしはあなたかもしれない、と他者の日常へ

想像をはたらかせていきたいものです。

 

北澤 潤

 

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